ティティカカ湖畔の都市プーノへ

ペルー

2025年1月13日

4泊したクスコを後にし、名残惜しくもティティカカ湖畔の都市プーノへ向かいます。フロントの女性にタクシーを呼んでもらい、運転手と一緒にバスターミナルのカウンターへ。長距離バスはほとんどが夜行ですが、幸い午後2時の便が見つかりました。普段であれば宿代を節約できる夜行は大歓迎ですが、登山前は体力を温存したかったので助かります。

親しんだ街を離れるのはいつも名残惜しい

クスコを出るとしばらく山の谷間を走り、次第に開けてきます。プーノまでは通常7時間の道のりですが、着いたのは夜も更けた頃でした。長い移動で喉が渇き、インカコーラを探しに外へ出ますが、この時間は店がやっていません。仕方なく、ホテルで水を買って飲み、今日のところは就寝するとします。

2025年1月14日

朝はまずフロントに行き、ティティカカ湖の浮島集落ツアーを予約。金額は忘れましたが、とても安くて驚きました。ツアーは15時からなので、それまでは市内を散策します。クスコと比べるとこぢんまりとした、しかし活気はあり居心地の良い街です。標高は3,800mありますが、日中は比較的暖かく感じました。

朝食に出たキヌアのシリアルは日本でも需要がありそうだ

この街もアルマス広場が中心となっている

宿の近くにある小さな広場

インカ皇帝マンコ・カパックの名を冠した宿は、残念ながら閉業していた

昼食には中華料理をいただく

湖岸にあるオブジェ

港からプーノ市街を見渡す

埠頭には沢山のボートが並ぶ

15時にツアーの迎えが来て港に集合し、ボートに乗ります。ティティカカ湖は、初代インカ皇帝マンコ・カパックが誕生したという伝説の場所。標高が高いため雲が水面に近く、いかにも太陽神が降臨しそうに思えてきます。湖の一角には草で作った浮島が無数にあり、浮島群はウロス島と呼ばれています。イラクの南部、チグリス川とユーフラテス川の合流する地点に、アフワールと呼ばれる広大な湿地帯があり、同じような浮島集落が存在しますが、私にとって関わりのあるイラクを差し置き、こちらへ先に来るとは予想外でした。

浮島群であるウロス島の入口

浮島が無数にあり、家屋には住民が暮らす

浮島の一つに着くと、住民の方の紹介があり、浮島の成り立ちについて説明があります。浮いていると思えないほど土台が安定しており、少しくらい乱暴にしても傾くような気配はありません。他にも、住民はタバコを吸わないとか、週に一度プーノの街まで買い出しに行くとか、島は錨で固定されていると聞きました。

観光以外に産業と言えるようなものはなく、ツアー代金も格安だったので、土産物の雑貨を一つだけ買いました。正直なところ、雑貨には食指が伸びない実用性重視の私としては、食べ物やTシャツだとありがたいのですが、島では難しいのでしょう。別の島にはレストランもあり、魚料理が気になっていましたが、他の参加者は帰るようで、私も同じボートに乗ってプーノの港に戻りました。

筆者のグループが立ち寄った島

浮島は想像以上に頑丈な作りだ

刺繍をする女性

伝統的な船に乗って別の島に行く

伝統とは、その時代背景や地理的環境にこそ生まれ得たものです。例えば、外敵を防ぐために市街地を迷路状にしたり、干ばつに悩まされた土地で雨乞いの習慣が生まれます。しかし、そうした伝統は、旅行愛好家やゲーマーとしての、幻想的な風景の希求とは裏腹に、往々にして社会の合理化とともに失われていきます。ティティカカ湖の集落は観光化しているものの、住民が自ら「見せ物」となることを受け入れ、存続の道を選んだのであれば、失われるよりは遥かにいいと私は考えます。

島が見えてきた

別の大きな島

島には学校もある

島のレストラン

夕暮れ時の湖を航行する船

さて夜は、先日のハイキングの食堂で出てきた、セビーチェという魚のマリネのような料理が気に入ったので、レストランで頼んでみました。紫色のは、紫とうもろこしを使ったチチャモラーダという飲み物です。今までこの料理を知らなかったとは、損をしてきました。日本に戻ったらペルー料理のレストランを探してみようと思います。

鮭のセビーチェは絶品だ

紫とうもろこしのチチャモラーダ

2025年1月15日

今日はペルーでの高度順応を終え、チリに移動します。プーノからチリ北部のコピアポまでは、バスを乗り継いでも2日ほどで行けますが、南米での陸路移動は不慣れなのと、万が一バスジャックに遭うと悲惨です。この辺りの治安は良好に見えますが、大事をとって空路で一旦リマに戻り、チリのサンティアゴに飛び、国内線でコピアポに入ります。タクシーで空港に向かうと、去り際に小高い丘からプーノの街とティティカカ湖が見え、旅情を覚えました。

空港に着くと入り口には、インカ帝国初代皇帝、マンコ・カパックの像が鎮座していました。決して大きな像ではありませんが、私は感銘を受けて、しばらくその場に立ち尽くしてしまいました。トルコのブルサで、オスマン帝国初代スルタン、オスマン1世の廟と対面したときと同じ感覚です。創始者というものへの思い入れでしょうか。像に魂が宿り、この地を見守っているように感じたのです。ペルーにはまたいずれ来ると確信しました。

入り口に鎮座する初代皇帝マンコ・カパックの像

定番の地ビールをいただく

リマの空港に着くと、先ほどの感慨はどこへやら、たちまち喧騒の中に帰ってきました。サンティアゴ行きの便は夜なので、カフェで時間を潰します。ここで頼んだ「インドネシア丼」なるメニューは、この店の創作料理だと思いますが、キヌアが山盛りで驚きました。ペルーは原産地とはいえ、日本で高級食材のキヌアは、サラダにスプーン一杯入れる程度と思っていたので、白飯のように主食で使うという贅沢な発想はなかったのです。高度順応で来たつもりが、最後まで食を満喫したペルー滞在でした。

創作料理と思われるインドネシア丼

底一面のキヌアに驚く

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