ボリビア6,000m峰4座登山記 (1) 準備編

ボリビア

2025年1月に無事オホス・デル・サラド登頂を果たし、アンデス5ヶ国最高峰も残り2座。ペルーのワスカランは難易度が高く、ルートも安定しないので最後に残し、おのずと次の行き先はボリビアのサハマに決まった。

早速ガイド会社を探すが、あいにくボリビアは総じてガイドの質が低いと専らの評判で、客のペースに合わせないとか、何かと理由をつけて早々に下山を開始したり、中には素人が紛れているといった情報さえ散見された。首都ラパスの観光地区にはガイド会社が林立し、現地に入ってから探すのが安上がりではあるが、劣悪なガイドに当たることを懸念して事前に予定を組み、評判の良いBolivian Mountaineering社に依頼することにした。期待通り、すぐに社長のペドロから丁寧な返信があった。

ガイドとマンツーマンゆえに他より費用はかさむが、確実に登頂できるのであれば許容範囲で、むしろ安上がりになると考えた。ボリビアは南米で最も物価が安く、何しろラパスの時点で標高が3,650mもあり、登山口から山頂までの標高差が小さく、短期間で登れる山が多いため、世界でも屈指の低価格で高所登山ができる国だ。

サハマの標高は6,542mあり、事前に高度順応のため、まずはラパスに近く、世界で最も挑戦しやすい6,000m峰と謳われるワイナポトシ(6,088m)で足を慣らし、続いて第2の高峰であり、サハマよりむしろ知名度のあるイリマニ(6,442m)にも登ることにした。加えて、山に入る前には高度順応を兼ね、1週間ほど観光地を回るという計画も組んだ。前回オホス・デル・サラドに挑戦した際、ペルーのクスコやプーノといった高地への滞在が功を奏し、驚くほど快適に動くことができた。

ペドロによれば、一部の易しい山は通年登れるが、気温はやや下がるものの天候の安定する乾季がベストシーズンとのことで、後になるほど強風のリスクが上がることから、7月前半に照準を合わせ、6月末から現地入りする航空券を取った。

遠征に備え、通常のウェイトトレーニングに加え、ジムの階段を上り下りしたほか、仕事でバックパックにワインを24本詰めて配達をしたりと、トレーニングを無理なく日常生活に取り入れつつ、出発の日を待った。

2025年6月26日

ボリビアの首都ラパスへは、3回の乗り継ぎを経由する大移動だ。メキシコシティ、カンクンと経由し、改装されたペルーの首都リマの空港に着くと、ふとニュースに目が止まった。日本人登山者2名がペルー最高峰のワスカランで遭難したという。近い将来に挑戦するであろう山での事故を現地であまりにもタイムリーに知り、否応なく因縁を感じてしまうが、今はとにかく目の前の山行に集中するのみだ。

改装されたリマの空港に鎮座する、ドーハの熊のような芸術

アルパカがお出迎え

ラパスの空港に着いたのは朝の4時。このまま市内に向かってもいいが、空港の標高は4,100mあり、高度順応のためにしばらく滞在することにした。ちょうど充電スポットがあり、ゲームをしたりコカ茶を飲みながら、7時間ほど経ったところで3,650mの市内に下りた。

ラパスのこぢんまりとした空港

カップ麺とコカ茶

空港を出ると待ち受けていたのは、ラパスの独特な景観だった。ボウル状の地形一面に市街地が広がり、無数のケーブルカーが往来し、奥にはラパスの街を見守るイリマニが鎮座している。

ラパスの景観とイリマニ

奥にはワイナポトシも見えている

宿に着くとまず、すぐ裏手にあるBolivian Mountaineeringの事務所に向かう。ペドロは想像通りの好漢で、オリエンテーションを受けた後、山でしか使わない道具類を快く預かってもらった。これから1週間ほど、高度順応を兼ねて各地を回るのでとても助かる。

Bolivian Mountaineeringの事務所

身軽になったので近くの観光客向けレストランに入り、現地料理らしいものとスパゲッティを頼んでみる。沸点の低い高地では麺類の調理は難しいが、なかなかの味で満足した。

アンデスのスープと書かれた料理

スパゲッティ

夜になり、かすかに身体の重さを感じるものの、大量の水と呼吸を意識したからか、初日から3,650mの宿泊でも高山病の症状は出ず、快調な滑り出しだ。翌日も高度順応を優先し、積極的には出歩かず、宿の周辺でのんびりと過ごした。

個人商社として、レバノン、アルメニア、トルコ、イラクより、ワインや食品を輸入しています。趣味は海外旅行とゲームです。旧市街や少数派地域を訪ねたり、世界の名峰に挑戦しています。ゲームは戦記物やファンタジーが好きです。

田村 公祐をフォローする
ボリビア
田村 公祐をフォローする
タイトルとURLをコピーしました